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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)1713号 判決

原告 庄野政隆

右訴訟代理人弁護士 坂本佑介

同 井上庸夫

同 金子龍夫

被告 山口俊一

右訴訟代理人弁護士 川副正敏

主文

被告は原告に対し、金一、八六〇万九、九六七円及び内金一、七一〇万九、九六七円に対する昭和五二年一二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項のうち、金一、〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人らは、「被告は原告に対し、金三、一二二万三、二四八円及び内金二、八七二万三、二四八円に対する昭和五二年一二月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、請求の原因等

1、原告は、昭和五二年一二月三日午後二時五〇分頃福岡市早良区荒江二丁目六番一五号先三差路で、自動二輪車を運転して荒江方面から西新方面へ直進中、左方道路より進出して来た被告運転の普通乗用自動車(福岡せ八〇〇二)から、自車後部に衝突される交通事故に遭遇した。

2、被告は、信号機の設置されていないT字路で、交差道路から左右に通ずる直進道路に進入する際、進入道路上の車両の動静に注意して進行し、事故を未然に防止すべき注意義務を怠り、漫然と加害車両を進行させた過失によって、本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

3、原告は、本件事故により左下腿両骨々折、左下肢循環障害、膝関節拘縮、腰部挫傷等の傷害をうけ、昭和五二年一二月三日以降昭和五六年四月一五日まで、安藤外科病院その他で入院五一九日間、通院三七日間の治療をうけたが、左大腿筋萎縮、左下腿筋萎縮、左下腿外側足の知覚鈍麻、足関節その他可動制限、腰部その他の圧痛等の後遺障害を残した。

なお、右後遺障害につき、被告がその労働能力喪失割合を三五パーセントなどと主張するので、詳述すると、次のとおりである。

(1)、左足関節機能障害

左足関節は、背屈底屈共、腱の緊張によりほとんど可動域が期待できず、脛骨と距骨間に骨棘形成もあり、強直状態である。

(2)、膝関節

膝関節は、阻血性拘縮その他の原因による可能制限があると共に、膝にぐらつきがあり、正座ができず、歩行も長くは困難である。

(3)、疼痛または麻痺

左下腿骨々折に左腓骨神経麻痺が加わり、第二腰椎横突起の骨折、左下腿知覚麻痺がある。

(4)、筋萎縮

左下腿の筋萎縮の状況は、漸次悪化こそすれ改善された形跡がなく、今後改善の可能性もない。そして、この筋萎縮は、足の機能のうえで、関節の可動制限よりも遙かに重い意味があり、原告の後遺症のなかでも最も重要な症状である。

(5)、社会生活上の障害

原告の後遺症の実態は、自賠責保険の後遺障害等級四級の「一下肢を膝関節以上で失ったもの」に相当するものであり、後記のとおり、右等級七級、労働能力喪失率五六パーセントを下ることはあり得ない。

原告は、歩行五〇〇メートルが限度、自転車には乗れないので、無理をして自動車運転免許を取得したが、左足全体の能力が低劣であるので、自動車についても長時間の運転や敏捷な運転はできない。

そして、アルバイト的に駐車場で働いてみたが、人並みに稼働できず、その後焼鳥屋に勤務したものの、二日目には足首が腫れ、動けなくなって仕舞っており、現実の労働能力喪失割合は一〇〇パーセントに近い。

4、本件事故による原告の損害は次のとおりである。

(1)、治療費 四三六万〇、六〇二円

(2)、付添費 一六三万一、〇〇〇円

原告は、前記傷害のため歩行困難であったことから、入通院に付添を要したところ、その費用が入院一日当り三、〇〇〇円、通院一日当り二、〇〇〇円を下らず、合計一六三万一、〇〇〇円以上である。

(3,000×519+2,000×37=1,631,000)

(3)、入院雑費 二五万九、五〇〇円

一日当り五〇〇円の五一九日分

(4)、通院交通費 二〇万一、一三〇円

通院にタクシーを利用せざるを得ず、通院交通費として合計二〇万一、一三〇円を要した。

(5)、逸失利益 二、五八八万八、五二六円

原告は、本件事故当時高校二年生であり、その後大学に進学したが、前記後遺症のため就学困難となり、大学一年生で自主退学したところ、本件事故に遭遇しなければ、大学卒の資格を得ていたものである。

そして、原告は、前記後遺症のため、生涯に亘り労働能力の五六パーセントを喪失したものであり、就労可能年数を二三才から六七才まで四四年間、年収を賃金センサス昭和五二年第一巻第一表の男子大学卒業者の平均賃金である三四六万七、三〇〇円として、ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して得られるその逸失利益総額の現価が二、五八八万八、五二六円である。

(3,467,300×0.56×〔17.662〈44年のライプニッツ係数〉-4.329〈5年のライプニッツ係数〉〕=25,888,526)

(6)、慰藉料 八五〇万〇、〇〇〇円

(イ)、入通院慰藉料 二五〇万〇、〇〇〇円

(ロ)、後遺症慰藉料 六〇〇万〇、〇〇〇円

(7)、弁護士費用 二五〇万〇、〇〇〇円

5、被告は、原告の傷害治療につき安藤外科病院での医療過誤を主張し、同病院で当初非観血的療法による骨折部の固定を行った点に誤りがある旨主張するものの如くである。

しかし、原告の左下腿は、受傷当時、膝方面から足関節にかけて二七センチメートルの挫滅創があって、疼痛著明、且つ開放性骨折のため牽引不能の状態にあり、一口でいうと「襤褸雑巾」のようであったため、直ちに観血的手術に着手できなかったことが考えられる。

そして、原告の場合、その左下腿の皮膚、筋肉、骨の損傷が極めて重大であり、それ故にこそ、腫張、阻血性拘縮等が発生し、且つ観血的手術の施行も遅れ、骨癒合も遷延したものであって、全部が「怪我で宿命づけられた」ものというべく、一方、安藤外科病院で如何なる過誤があったのか、若しその過誤がなければどのような治療結果が発生したのか、何も明らかになってはいない。

また、そもそも本件のように、交通事故による傷害治療の過程に医療過誤が主張される場合、医療過誤が明白であって、医師に対する損害賠償請求が容易である等の例外的ケース以外は、医療過誤を加害者と医師の内部分担の問題とし、被害者に対する関係では、連帯責任として、加害者が全額につき義務を負うとすべきである。

蓋し、傷害は加害者が招来したものであり、その後に医療過誤があったとしても、「怪我がなければ医療過誤もなかった」という条件的因果関係を考えると、明白な立証の責任を加害者に負わせることが公平の理念に合致するからである。

6、原告は、右前項(1)ないし(7)の損害合計四、三三四万〇、七五八円のうち、弁護士費用以外の分として、自賠責保険から七二七万円、任意保険から四八四万七、五一〇円、合計一、二一一万七、五一〇円を受領した。

7、よって、原告は被告に対し、右損害残額合計三、一二二万三、二四八円及びうち弁護士費用を除く二、八七二万三、二四八円に対する本件事故発生の日である昭和五二年一二月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

8、後記答弁並びに主張5の過失相殺の主張は争う。本件事故は、T字型交差点で、被告が優先道路を直進、接近してくる原告車に気付かず、その進路を妨げるように発進したため発生した事故であり、原告側に過失はない。

(1)、本件事故当時、被告車が進行してきた道路は、福岡工業高校の取付道路的なものであり、且つ事故現場の交差点も、通常の十字型交差点ではなかったから、このように、T字型交差点で狭隘な道路から優先道路に進入する場合、進入車にはより高度の注意義務が求められるものであり、基本的過失割合が九対一であれば、それ以上に被告の過失が大きいものである。

被告は、事故当時原告の運転していた車両が四〇〇CCの大型自動二輪車であったから、過失割合上単車としての保護修正をすべきでない旨主張するが、過失割合を考える場合、排気量の大小は特に関係ない。

つまり、二輪車は、四輪車に比べ、交通事故の場合被害者になる率が高く、弱者の立場に立つから、過失割合について有利に解すべきであるというのが基本的な考え方であり、本件の場合も、被害者になる可能性が大きく、現実に被害者になった原告の過失割合を過大に評価すべき根拠はない。

(2)、本件事故当時、原告が無免許で被害車両を運転していたのは事実である。しかし、本件事故は、原告車が通常の速度で進行していたのに、被告車が突如として飛び出し、原告車の左側部分に衝突した事案であり、原告の無免許運転と事故との間に因果関係が存しない。

すなわち、被害車両が直進道路を通常速度で走行中、左側から突如加害車両が発進して来たのであるから、仮に免許のある熟練運転手にしてみても、事故を回避することは不可能であり、このように、運転技術と因果関係がない事故の場合、無免許の点を被害者側の過失として評価するのは相当でない。

本件事故の態様をみても、被告は、当時交差点の手前で停止していたが、渋滞していた優先道路上の一台の車両が前をあけ、手招きをしたので、同道路上に向け発進し、その途端本件衝突事故を惹起せしめており、その際の被告の右方確認の不存在こそが事故の唯一の原因である。

仮に、被告主張のように、当時、被告車が時速三キロメートル、原告車が時速三〇キロメートルの速度であったと仮定し、被告車が発進後五〇センチメートル進んだ処で衝突したとすると、被告車が五〇センチメートル進む間に原告車は五メートル進んだこととなり、被告車の右方五メートルの処に原告車が位置していたわけであるから、被告が僅かでも右方をみさえすれば、事故を回避できたのである。

二、答弁並びに主張

1、請求原因等1のうち、原告主張の日時、場所で、原告運転車両と被告運転車両との衝突事故が発生したことは認めるが、その態様は争う。

2、同2のうち、被告に過失があることは認めるが、その態様は争う。本件事故については、原告にも安全を確認すべき注意義務を怠った過失がある。

3、同3、及び同4、(1)ないし(7)はいずれも不知。

(1)、原告の傷害治療期間のうち、本件事故と相当因果関係が認められるのは、入通院四ヶ月程度を超えず、また、後遺障害のうち、本件事故と相当因果関係があるのは、膝関節について自賠責後遺障害別等級一二級、足関節について一〇級相当にとどまる。

(イ)、原告は、昭和五二年一二月三日の本件事故当日から昭和五三年五月七日まで安藤外科病院、同年五月一六日から昭和五四年四月五日までと昭和五六年三月九日から四月九日まで光安整形外科医院に各入院して治療をうけているが、安藤外科病院退院時には未だ骨折部の骨癒合がみられず、光安整形外科医院に入院中の昭和五三年一〇月頃漸くそれが認められるようになっている。

そして、このように原告の傷害治療が遷延したのは、安藤外科病院が原告の場合、早期に観血的手術による骨折部のプレート固定を施すべきであったのに、当初ギプス固定の非観血的療法を実施し、後日観血的手術を行ったものの、当初のギプス固定、及びプレート固定後のギプスにも過度の圧迫があった等、種々不適切な治療を行ったためであり、本件事故と相当因果関係のある治療期間は長くても四ヶ月程度を超えない。

(ロ)、原告の足関節拘縮の後遺障害は、本件事故の結果もたらされたものではなく、前記安藤外科病院の治療の不適切さによって二次的に生じたものである。

すなわち、足関節拘縮の原因については、関節部付近の筋もしくは腱に存在した断裂等の損傷が治療されずに放置されたことや、所謂阻血性拘縮等が考えられる。

しかし、安藤外科病院で右筋、腱等の損傷治療がなされた形跡はなく、阻血性拘縮についても、骨折端による動脈の損傷、閉塞等による末端の虚血にギブスの緊縛による静脈灌流阻害が加わって発生するので、疼痛、知覚異常、麻痺、脈拍消失等の徴候を見落さず、適切な予防措置が必要とされるところ、原告の場合、安藤外科病院に入院中右徴候がみられたにも拘らず、全くその予防のための措置がとられていない。

従って、安藤外科病院での当初のギプス固定の選択、その方法に問題があり、その後も予防措置をとらずに看過した点で、同病院の治療に誤りがあったことは明らかといわなければならず、仮に、適切な初期治療と予防措置が行われていれば、例え若干の機能障害が避け得なかったにせよ、その程度は遙かに軽度のもので済んだ筈である。

(2)、原告の左下肢機能障害による労働能力喪失割合は、三五パーセントを超えず、その喪失期間も症状固定時より三〇年程度を超えないものであり、少くとも三〇年目以降は右喪失割合を相当程度漸減すべきである。

(イ)、原告の後遺障害については、自賠責保険の段階で、原告の異議申立に基づき、左足関節の機能障害が後遺障害別等級八級、左膝関節の機能障害一二級その他を併せ、併合七級に認定されている。

しかし、下肢の後遺障害で右七級に認定されるのは、「一下肢に仮関節を残し、著しい運動障害を残す。」(自賠法施行令二条別表)場合であり、文字どおり、下肢に新たな関節が形成され、その障害が下肢全体の用廃に準ずるものであって、原告の障害をこれと同程度とするのは明らかに権衡を失し、原告の場合は右八級、労働能力喪失率四五パーセントを上限とすべきである。

(ロ)、また、原告の足関節の後遺障害は、一応「用廃」と認定されているが、足関節自体は良位に保たれており、ただその可動域が健側の一〇パーセント以下、九パーセントで強直に近い、というものであり、形式的に「用廃」の要件に当るとはいえ、限界線上にある。

しかも、原告は、光安整形外科医院に通院中の昭和五五年三月一四日普通自動車一種運転免許を取得し、昭和五六年六月頃第一経済大学を中退後、駐車場で車両整理係等として勤務しており、自動車運転の場合、クラッチ操作に左下肢が働かなければならないことから考えても、当時原告の左足関節が用廃状態にあったとは到底考え難い。

なお、原告の障害は、所謂欠損傷害、器質障害ではなく機能障害であり、原告の年齢、症状固定時前後の稼働状況等に照らし、今後将来に亘り相当程度回復の見込みがあるものと考えられ、この点、労働能力の喪失期間の算定にあたり、十分斟酌されるべきである。

4、同6は認める。

5、原告は、無免許で自動二輪車を運転し、且つ制限速度を超えるスピードで本件事故現場付近を疾走しようとする等、法令に違反し、安全を確認すべき注意義務を怠った過失があるので、本件損害賠償額の算定にあたっては、右原告側の過失が斟酌されるべきである。

(1)、本件事故は、信号機のない三差路での、明らかに広い優先道路の直進車と狭い道路からの右折車との事故であると共に、二輪車用車線が設けられた渋滞道路における事故であり、前者の観点からの基本的過失割合は、一般に、直進二輪車一〇対右折四輪車九〇、後者の観点からのそれは、道路左端を進行の直進二輪車三、四〇対、右左折で当該渋滞道路に進入する四輪車六、七〇とされている。

しかし、右基本的過失割合は、いずれも所謂単車修正がほどこされ、一〇ないし二〇パーセント二輪車側に有利になっているところ、本件の場合、被告の加害車両が排気量三六〇CCの軽四輪車、原告の車両が排気量四〇〇CCの大型自動二輪車であって、このようなケースでは、優者危険負担の原則に由来する右修正の適用がないと考えるべく、本件事故における基本的過失割合としては、原告車三〇パーセント以上、被告七〇パーセント以下とすべきである。

(2)、ところで、原告は、本件事故当時、被害車両を同級生から借用し、無免許で運転していたものであり、このような無免許運転は、それ自体故意にも比すべき重大な過失と評価されるべく、これのみで、被害者である原告側に対し、前記基本的過失割合に二〇パーセント程度の加算がなされてしかるべきである。

しかして、右原告の無免許運転による修正に加え、後記本件事故の態様、及び前方不注視、未熟運転、安全運転義務違反等本件事故における原告の著しい過失など、諸々の修正要素を総合すると、本件事故の場合の過失割合は、原告側の過失割合が五〇パーセントを下らないものと評価される。

すなわち、本件事故当時、被告車両は、一時停止線の手前で右折の合図をしながら一旦停止し、次いで、右方の見通しが悪いため、時速約二キロメートルの速度で発進、徐行しつつ、僅かに被害車両の進行路側帯に入った状態で再度停止し、左右をみながら右折の機会を待ち、偶々、渋滞車線上の他の車両から右折進入を促す動作があったため、再度発進、徐行を開始したところ、その途端に、原告車両が右方から被告車両の前部をかすめるように接触して左方に疾走し、左前方約一〇メートルの別の車両の後部に衝突し、転倒した。

一方、原告は、本件事故現場の約一〇〇メートル、少くとも五〇メートル以上手前で、右折合図をして一旦停止し、更に徐行し再度停止しつつ、右折態勢にある被告車両を認めていたが、格別、その動静に注意せず、従前の速度のまま、前記発進、徐行を開始したばかりの被告車両に接触し、更に進んで転倒したものであり、予め減速していないのは勿論のこと、接触の際急制動の措置をとったような形跡もない。

右のとおり、原告は、被告車両を現認した時点で、その動静に注視しつつ、減速進行すべきであったのに、無免許による大型バイク未熟運転のため、渋滞車線の左側路側帯を文字どおり無謀に疾走したものであって、その過失には著しいものがあり、逆に、被告の側については、具体的な道路状況下で、通常のあり方を逸脱したものとはいえず、決して著しい過失と評価することはできない。

第三、証拠《省略》

理由

請求原因1、2のうち、原告主張の日時、場所で原告運転車両と被告運転車両との衝突事故が発生したこと、及び、右事故の発生につき被告に過失があること、以上の事実は当事者間に争いがない。

しかし、被告は、右事故の態様並びに被告の過失の内容を争う旨主張するので、以下まずこの点について、判断するに、《証拠省略》を総合すると、次のように認めることができる。

すなわち、本件事故現場は、福岡市早良区内を荒江方面から西新方面に向け南北に通ずる国道二六三号線と、同国道の西側にある県立福岡工業高校正門より右国道に至る道路とが略々T字型に交差する、同区荒江二丁目六番一五号先交差点であり、その概略見取図が別紙記載のとおりであること、

右交差点に信号機の設置はなく、また、双方の道路共アスファルト舗装であるが、西側の福岡工業高校からの道路が中央線の表示がなく、幅員も左程ないのに対し、南北に通ずる国道には中央線が表示されているうえ、明らかに幅員も広く、右国道の方が道路交通法三六条所定の優先道路であること、右国道部分は、黄色の中央線の東西両側に上下車線があり、事故当時、外側の歩道との間に、白線で区分された、幅約一メートル程度の路側帯が設けられていたこと、

本件事故当時、原告は、九州産業大学附属九州高校普通科二年生であり、友人から借受けた排気量四〇〇CCの自動二輪車を無免許で運転し、右国道を荒江方面から西新方面へ北進していたこと、そして、当時、同方向に向かう車線が渋滞していたが、その渋滞の左側、車道左端(西側)の路側帯を時速四〇キロメートル程度の速度で進行し、事故交差点の手前で、前記西側道路から国道に進入すべく一時停止している被告車を認めたものの、その前方を通過できると考え、従前どおりの進行を続けたこと、

一方、被告は、前記福岡工業高校教諭であり、土曜日の事故当日、午後二時間前後残業したのち、通勤用に使用していた本件事故車両である軽四輪乗用自動車を運転して帰宅すべく、同校正門から前記西側道路を東進し、事故交差点で国道に入り右折する予定であったこと、そして、右交差点手前の停止線で一旦停止したのち、国道との境附近まで前進して再度停止し、右折の合図をしつつ、手前側北行き渋滞車両の間を抜け、向う側南行き車線に右折して行く機会を待ったこと、

本件事故は、当時、被告車の停止位置からみて、原告車が接近してくる右方歩道脇に電柱があったとはいえ、同方向の見とおしが悪いわけではなかったが、被告が、北行き渋滞車両の一台から合図をうけて、右方の原告車に気付かないまま、前進し始めた途端、その直前を進行してきた原告車の左側に自車前部を衝突させ、また、原告も、停止中の被告車の直前を進行しようとしていたものの、事前に危険を感じたりすることなく、突然接触、衝突に至る、という形で発生し、その後原告車が衝突地点のやや北側まで進み、転倒したこと、

以上の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠は存しない。

右認定した事実によれば、被告は、信号機の設置されていないT字型交差点で、非優先道路から左右に通ずる優先道路に右折するに際し、右方の安全確認を怠り、偶々、渋滞中の車線の外側路側帯に接近して来る原告車に気付かないまま、右優先道路内に進出しようとした点で過失を免れないといわなければならず、民法七〇九条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

そこで、次に、本件事故による原告の損害について判断するに、《証拠省略》を総合すると、次のように認めることができる。

すなわち、原告は、本件事故のため左下腿両骨開放性骨折等の傷害をうけ、事故当日の昭和五二年一二月三日から昭和五三年五月七日まで一五六日間福岡市西区別府一丁目の安藤外科病院に入院、昭和五三年五月一六日から昭和五四年四月五日まで三二五日間と昭和五六年三月九日から同年四月七日まで三〇日間、同市中央区荒戸二丁目の光安整形外科医院に入院、昭和五三年五月八日から同月一五日までのうち四日間と、昭和五四年四月六日から昭和五六年三月八日まで、及び同年四月八日から同月一五日までのうち合計三三日、右光安整形外科医院に通院して、治療をうけたこと、

右安藤外科病院では、初診時、原告の左下腿から足関節にかけての約二七センチメートルの挫滅創を洗浄、縫合し、骨折については、開放性で牽引不能のため、ギブスにより固定して経過を観察し、その後、左足関節の挫滅部が皮膚壊死を起したため、昭和五二年一二月二八日頃皮膚移植術を行い、次いで、昭和五三年一月一七日頃骨折部位に金属ブレートを埋込んで固定する観血的手術を実施し、再度ギブスでも固定したのち、同年二月末日頃ギブスを除去したこと、しかし、原告の場合、骨折部の骨癒合が遅れていたほか、左下腿循環障害、膝関節拘縮、反射性異栄養症、その他の症状がみられ、引き続き、理学療法、薬物療法、膝関節屈伸練習、歩行練習等の治療が行われたこと、

転医先の光安整形外科医院では、初診時、原告に骨折部の骨癒合遷延、左膝関節屈曲拘縮、左足関節尖足位拘縮、左下肢加重不能、その他の症状が残存しており、骨癒合に向けた治療と共に、左足関節の運動練習、左膝関節の可動域改善を試みる治療等がなされたこと、そして、昭和五三年一〇月二日頃までに略々右骨癒合がみれるに至り、その後、同年一一月一日頃左足関節拘縮部位矯正のため、同関節後方関節包切開の手術が施行され、同年一二月一日以降杖による歩行練習等、昭和五六年三月一〇日頃前記埋込まれているプレート除去のための抜釘手術がそれぞれ実施されたこと、

しかし、原告には、結局、昭和五六年四月一五日頃症状固定と診断された後遺症が残り、将来長期に亘り基本的な改善の見込が薄いこと、右後遺障害の主なものは、左足関節の可動制限、背屈マイナス一七度(健側の右足プラス一五度)、底屈三〇度(同じく六一度)(可動域が一三度で強直に近い状態)、右膝関節の可動制限、屈曲八八度(同じく一四五度)、これら両関節機能障害のため、立ったり座ったりすることやトイレでの動作等に不自由し、正座ができず、歩行も五〇〇メートル位しかできない、そのほか、頸椎最大後屈時の痛み、項部、腰部、上臀神経、両坐骨神経の圧痛、ラセグ症候陽性、左大腿筋萎縮、左下腿筋萎縮、左下腿外側足背の知覚脱失、鈍麻等であること、

原告の右後遺障害については、自賠責保険金の査定手続で、当初、左足関節の機能障害が後遺障害等級一〇級一一号、左膝関節機能障害が一二級七号、腰痛等の神経症状が一四級一〇号相当で、併合九級相当(労働能力喪失率三五パーセント)とされたが、原告の異議申立に基づき、左足関節機能障害が健側の一〇パーセント以下で強直に近いとして、用廃に準じ八級七号とされ、併合七級(労働能力喪失率五六パーセント)に判定されたこと、

(1)  そして、原告の負担する本件傷害に基づく治療費が、安藤外科病院二三七万六、八二〇円と八七万一、三〇〇円、光安整形外科病院の国民健康保険自己負担金三八万五五三四円、二〇万八、四六二円、六、九四六円、七万五、七五五円、以上合計三九二万四、八一七円であること、

(2)  安藤外科病院に入院中の昭和五二年一二月三日から昭和五三年四月二四日まで一四三日間と光安整形外科医院に入院中の昭和五三年一一月一日以降三日までの三日間、合計一四六日間、それぞれ起座歩行不能、術后の安静歩行訓練等の介助、左足関節形成術後左下肢ギプス固定のため等の理由による附添看護を要したものであり、その附添費が主張の一日三、〇〇〇円の割合により合計四三万八、〇〇〇円であること(146×3,000=438,000)、なお、入院中右期間を超えて附添看護が必要であったことや通院に附添看護が必要であったとの点については認定すべき証拠資料が存しないこと、

(3)  安藤外科病院に入院の一五六日と光安整形外科医院に入院の三五五日、合計五一一日につき、主張の一日五〇〇円の割合による入院雑費の支出を余儀なくされ、その総額が二五万五、五〇〇円(511×500=255,500)であること、

(4)  光安整形外科医院への通院には往復共タクシーを利用せざるを得ず、その通院交通費を正確に認定すべき証拠資料が存しないけれども、原告と右医院との距離が六キロメートル程度であること等から考え、前後三七日の右通院につき一日二、〇〇〇円程度の往復交通費を要したものと推認すべく、その総額が七万四、〇〇〇円(37×2,000=74,000)であること、

(5)  原告は、昭和三五年九月一六日生まれの男性で、本件事故当時一七才、前記九州産業大学附属九州高校普通科二年生であったところ、本件事故による傷害治療のため一年遅れて右高校を卒業し、昭和五五年春から第一経済大学に進学したが、実父が死亡したことや、前記後遺症による通学難等のために二年で中退を余儀なくされたこと、そして、右大学中退後、約半年間駐車場に勤務し、その後二日程度焼鳥屋に勤めたが、いずれも右後遺症のため勤続できず、現在無職であること、そして、前記後遺症の内容、特に足関節、膝関節の可動制限及び下腿筋萎縮等のため、歩行及び日常の起居動作に著しい制約がある点を考慮すると、右後遺症による原告の労働能力喪失割合は、自賠責保険での障害等級併合七級の査定等を参考に、主張の五六パーセントと認めるべく、原告は将来に亘り、稼働利益中右割合部分を喪ったものと考えられること、しかるところ、主張の昭和五二年賃金センサスで、企業規模計大学(旧大、新大)卒男子労働者の平均収入が給与等年額二五六万九、二〇〇円、賞与等年額八九万八、一〇〇円、合計年額三四六万七、三〇〇円であること当裁判所に顕著な事実であるから、原告についても、主張の大学卒の二三才から六七才まで四四年間、右平均収入を得た筈として、ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除した右後遺症による逸失利益総額の現価が二、五五九万二、〇三〇円(3,467,300×0.56×〔18.2559〈67-17=50年の係数〉-5.0756〈23-17=6年の係数〉〕=25,592,030)であること、

以上のように認めるのが相当である。

ところで、被告は、安藤外科病院での傷害治療の過程に医療過誤があったとして、原告の治療のうち、本件事故と相当因果関係のあるのが入通院四ヶ月程度に過ぎないこと、後遺症についても、左足関節拘縮が右医療過誤で二次的に発生したものであり、また、原告の後遺障害そのものが自賠責保険障害等級九級、労働能力喪失率三五パーセントを超えず、原告自身治療期間中に自動車運転免許を取得し、その後駐車場に勤務していること等を主張する。

そして、《証拠省略》によると、原告の骨癒合が通常の場合より長引いていることは確かであり、その原因として循環障害が考えられること、足関節の拘縮につき、その原因として筋肉、腱等の損傷、感染、若しくは所謂阻血性拘縮によるものであること等が考えられるところ、安藤外科病院でその予防措置がとられた形跡がなく、特に、当初のギプスによる固定が不適切であって、観血的手術によるプレート固定の時期が遅きに失した、等指摘されていることが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、原告の左下腿両骨々折は、複雑且つ開放性であって、単純なものではなかったことが認められ、初診時に挫滅創を縫合し、骨折部位につきギプスによる非観血的固定をしたうえ、経過観察後、皮膚壊死部分の移植手術を経て、受傷四〇数日後に観血的手術によるプレート固定を行った前記安藤外科病院での治療方法について、どのような誤りがあるのか具体的には明らかでなく、原告の場合、果して早期に右観血的手術によるプレート固定が可能、或いは適切であったかどうかの点すら判然とせず、《証拠省略》もその理由が不分明というのに止まるものであり、また、関節拘縮予防のためとられた措置が不明であるとしても、《証拠省略》等でも、この関節拘縮を防ぎ得ない場合があることも述べられているところである。

従って、本件については、安藤外科病院での治療に医療過誤があったという被告の主張は、証明不十分といわざるを得ないが、本件は、もともと交通事故の傷害治療過程に医療過誤が主張されている場合であるから、仮に右医療過誤が存在するとしても、そのことは、当該医師との間の損害に対する寄与度としての求償問題にとどまると解せられ、当然に原告の被告に対する責任範囲を限定するものではない。

また、原告の後遺障害につき、自賠責保険金の査定手続で、最終的に足関節の機能障害が障害等級八級七号とされ、他の膝関節の機能障害、その他の症状を併せ、併合七級に認定されたこと前に説明したとおりであり、前記原告の後遺症の内容、程度、及び原告が現実に被っている個人生活、社会生活上の不利益等に照らし、右認定を不当とすべき根拠はないというべく、そうすれば、その労働能力喪失割合も原告主張の五六パーセントと認めるのが相当である。

しかして、原告が光安整形外科医院に通院中の昭和五五年三月一四日、普通一種の自動車運転免許を取得していることは、被告主張のとおりと認められるが、《証拠省略》によると、それは、原告が前記後遺障害により五〇〇メートル位しか歩行できないため、自動車の運転で社会生活上の行動域に広げる意味があったこと、及び、自動車の運転でも、左下腿両関節機能障害のため、機敏な運転や長時間運転等できないことを、それぞれ認めることができる。

更に、原告が大学を中退後、半年程度駐車場に勤務し、その後二日程焼鳥屋に勤務したことがあるものの、いずれも身体的障害が原因となって、やめざるを得なかったことも、前に説明したとおりであり、以上要するに、前記被告の主張はすべて採用することができない。

しかるところ、前記認定した本件事故による損害は、(1)、治療費三九二万四、八一七円、(2)、入院付添費四三万八、〇〇〇円、(3)、入院雑費二五万五、五〇〇円、(4)、通院交通費七万四、〇〇〇円、(5)、逸失利益二、五五九万二、〇三〇円、合計三、〇二八万四、三四七円であるが、前記認定した本件事故発生時の状況によれば、本件については、被害者である原告側にも、無免許で大型自動二輪車を運転していた点に重大な落度があるといわなければならず、具体的にも、優先道路とはいえ、渋滞中の車線を横に路側帯を進行する際、予め右折態勢にある原告車を認めながら、原告車を含めた周囲の状況への注意不十分のまま進行を続けている点で過失があるといえなくはなく、結局、右被害者側の落度を斟酌し、右損害のうち被告の賠償すべき額をその八割、二、四二二万七、四七七円と認めるのが相当である。

また、(6)、原告が本件事故のため多大の苦痛を被ったことは明らかであるが、その慰藉料の額は、本件事故の態様、原告の傷害の内容、程度、入通院の治療経過、後遺症の内容、程度、前記双方の過失割合等本件に表われた一切の事情を斟酌して、傷害関係一〇〇万円、後遺症関係四〇〇万円、合計五〇〇万円と認めるべく、更に、(7)、本件訴訟の経緯、後記認容額等を総合して、原告の負担する弁護士費用のうち一五〇万円を被告に負担させるべき通常損害として認めることとする。

してみると、以上の損害額は、前記(1)ないし(5)の分が二、四二二万七、四七七円と(6)、慰藉料五〇〇万円、(7)、弁護士費用一五〇万円、合計三、〇七二万七、四七七円であるところ、原告が右損害に対し、弁護士費用以外の分として、自賠責保険から七二七万円、任意保険から四八四万七、五一〇円、合計一、二一一万七、五一〇円の支払をうけたことは当事者間に争いがないので、差引き残損害が一、八六〇万九、九六七円、うち弁護士費用一五〇万円である。

以上により、原告の本訴請求は、被告に対し右一、八六〇万九、九六七円、及びうち弁護士費用を除く一、七一〇万九、九六七円に対する本件事故発生の日である昭和五二年一二月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当である。

よって、原告の本訴請求中右部分を認容すべく、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、なお、主文第四項の限度を超える仮執行宣言は不相当と認め付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和)

〈以下省略〉

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